バリスタエッセイ「ナカノ永久機関」
スーツ・コンプレックス
2017年8月18日(金)
普段の仕事でスーツを着ることはない。パリの老舗のカフェならばギャルソンは白のワイシャツに蝶ネクタイ、黒のベスト、そしてピシッとアイロンがかかったタブリエといったところだろうけど、うちの店はそんな洒落たものではない。浜松の郊外のしがないカフェだ。
だから仕事着は営業に関わるすべての作業をこなすのに向いているTシャツとワークパンツということになっている。
仕事以外でもスーツを着るのは一年のうち二度か三度しかない。うちの店が佐鳴台商店街繁栄会という由緒ある組合に加盟していて、その定時総会やら新春祝賀会やらに出席する時ぐらいだ。
僕は今の仕事を始めるまで十三年間サラリーマンだった。でも、エンジニアだったせいか(前職はプログラマーだった)、その期間にスーツを着るのも年に二、三度の出張の時ぐらいのものだった。
まあそのぐらいスーツというものに馴染みがない。とりわけネクタイを締めるのは性に合わなかった。あの息苦しさといったら想像するだけでも呼吸が荒くなってくる。世間の男の人は毎日よく我慢できるなと驚くばかりだ。
そんな僕のこれまでの人生は、ある意味スーツから逃げ回ってきた軌跡だとも言える。
だから未だに格好良く着こなすことができない。七五三の貸衣装よりキマらないといったふうに。
巷のビジネスマンのように格好良く着こなせる日が来るといいのだけど、それほど真剣に憧れているわけでもない。

中野隆靖 Takayasu NAKANO
1972(昭和47)年、静岡県生れ。武蔵工業大学工学部卒業。2011年、カフェナカノ開業。オーナーバリスタ、ラテアーティストとして活躍中。

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